東京高等裁判所 昭和36年(ネ)196号 判決 1966年7月18日
控訴人(被附帯控訴人) 南海電気鉄道株式会社
右訴訟代理人弁護士 和仁宝寿
倉田雅充
被控訴人(附帯控訴人) 深沢知加夫
右訴訟代理人弁護士 内田正己
右訴訟復代理人弁護士 中嶋正博
主文
原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
附帯控訴はこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め附帯控訴に対しては控訴棄却の判決を求めた。
被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す、控訴人は被控訴人に対し金二十八万円及びこれに対する昭和三十年四月二十日から支払済までの年六分の金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とするとの判決を求め、予備的に控訴人は被控訴人に対し金二十四万円及びこれに対する昭和三十六年四月二十日から支払済までの年五分の金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とするとの判決を求めた。<省略>。
理由
被控訴人の第一次的請求(小切手金請求)についての当裁判所の判断は原判決の理由中に説示するところと同一であるので、その記載(原判決の理由の第一次的請求についてと題する部分全部)をここに引用する。
次に被控訴人の第二次的請求(使用者責任による損害賠償請求)について判断する。
本件小切手が振出された経過は第一次的請求についての判断で説示したとおりである。
右認定事実より見ると訴外鈴木文子の本件小切手の振出行為は、株式会社の東京事務所の被傭者である同訴外人の職務に関連してなされたものと解するのが相当である。
しかしながら、成立に争いのない甲第四号証、証人増田金一、尾崎常正、多田穰の各証言、右証人増田金一の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証の一ないし五を総合すると控訴会社の東京事務所は控訴会社の官庁(主として運輸省)との連絡に関する事項(主として官庁に提出すべき書類の準備、提出、それに伴う控訴会社との連絡)を処理する目的で設置されたものでそれに附随して控訴会社の重役が社用で上京するとき予め東京事務所から官庁又は銀行に連絡して事務の円滑な処理をはかっていたもので丸ビルの二階に一室を借りて事務を執っていたが、職員は四、五人の程度に過ぎず控訴会社の東京における支店でもなければ営業所でもないので外部的に控訴会社名義で営業活動することは全くなかったこと、東京事務所に要する経費は毎月五〇万円を現金で控訴会社の本社から前渡しを受けており、東京事務所長として控訴会社振出名義の手形又は控訴会社のために小切手を発行する権限は全然与えられていなかったのにかかわらず前示引用の原判決記載理由中に認定されているような事情から控訴会社の本来の営業活動とは関係のない東京事務所長多田穰振出名義の本件小切手を含む多数の小切手や手形が偽造行使されたことを認めることができる。
以上認定の事実を総合して判断すると訴外河野幹也が控訴会社の東京事務所長多田穰名義で同事務所の部屋代、電燈料、電話料等、事務所の維持費、支払のため小切手が発行されていたことを利用して同事務所の職員である訴外鈴木文子をして本件小切手を偽造させたものであるが、当時東京事務所長は正規には小切手を振出す権限は与えられておらずそれに前認定の東京事務所の実態を合せ考えると東京事務所の職員である鈴木文子のなした小切手の偽造行為は控訴会社のためにする小切手振出の権限がない東京事務所限りの内密の事務としてなされたものと解しうるとしても控訴会社の事業の執行として又はこれに関連してなされたものとは到底解しがたく、従って控訴会社が右鈴木の使用者として右鈴木のなした本件偽造小切手による第三者の蒙った損害について賠償の責めはないものと云わなければならない。
もっとも、成立に争いのない甲第四号証、乙第二十四号証乙第三十号証の一及び証人多田穰の証言によれば、控訴会社東京事務所長多田穰は被告会社のために小切手を振出す権限はなかったが同事務所の経費として被告会社より月額五十万円を受領し、当初はこれを現金で保管し、又その内から経費を現金で支出していたところ、現金のままで保管するのを、不安に思っていた折柄、たまたま訴外株式会社大和銀行丸ノ内支店より勧誘され、昭和二十五年三月頃から同支店と東京事務所長多田穰との間に当座預金取引契約が結ばれ右東京事務所長が控訴会社より受領した事務所の経費に充てるべき資金を控訴会社東京事務所長多田穰名義で前示銀行支店に預入れた上、東京事務所の部屋代電燈料電話料等の諸経費が東京事務所長多田穰振出名義の同銀行支店宛の小切手で支払われていた事実を認めることができるけれども右事実があればとて、右事実を控訴会社の代表者又はその代理人等が知って、容認していた事実を認めるに足りる証拠のない本件では、この点についての甲第三号証の二、及び甲第十一号証の一ないし八の各記載は証人増田、同尾崎、同多田の各証言に対比して控訴会社が右事実を容認していたことを認めるに足る証拠とはなしがたい。前段の判定を左右できない。
してみればその余の争点について判断するまでもなく被控訴人の第二次的請求も失当で理由がない。<省略>。